--- 楠西学区の災害報告 ---

(中部の水害 2000年9月東海豪雨 ; 建設省中部地方建設局刊)
はじめに
平成12年9月11日から12日にかけて名古屋市を中心とした東海地方では多いところで500ミリメートルを超える記録的な豪雨に見舞われた。
庄内川の北側に位置する楠西学区は庄内川、洗堰、新川、新地蔵川に接しており、"100年に一度"と言われる水害に見舞われた。しかしこの地区は9年前にも床上浸水被害を受けており、今回の豪雨被害を経験し、江戸時代からの治水の歴史(先人の知恵)を今一度学ぶ必要性を痛感した。現代のコンピュータを駆使した水害シミュレーションによる被害推測や先端技術を使った排水ポンプ施設をもってしても、自然を無視しては住民の財産や生命を守ることはできない。
21世紀は「環境」の世紀と言われるが、世紀末の2000年9月の東海豪雨は我々に何を語りかけようとしているのか。それを理解する一歩としてこの水害でこの地域に何が起こったのかを検証してみた。
平成3年の水害報道(平成3年9月19日中日新聞夕刊)
楠西学区は、平成3年に台風18号の影響で床上浸水の被害を受けたにもかかわらず、名古屋市の水防計画でもこの地が注意区域にも指定されていなかった。
今後平成3年のような水害は100年に一度しか起きないだろうと説明されていた。さらに下水道が完備され、この地区は水害被害にはある程度強くなっていると住民は考えていた。
しかし9年目にしてまた楠西学区は全世帯の90%が浸水を受けてしまった。
平成12年9月12日の東海集中豪雨(今回)
平成12年9月12日の東海集中豪雨の被害は、全国的にテレビや新聞で大きくとりあげられた。特に西枇杷島町、名古屋市西区は新川の破堤があり注目をあびた。同様に名古屋市北区も後に資料を示すように新川の上流部にあたる新地蔵川が2ヶ所で破堤、新川から越水を起こし床上浸水をはじめ大きな被害を受けた。しかし、この地区の浸水時間が他の地区に比べ比較的短かったためなのか、北区について報道はあまりされなかった。とりわけ学区の90%が浸水被害を受けた楠西学区には、西枇杷島町、西区に大きな影響を与えた庄内川の洗堰が存在するが、この地区の被害にはほとんどマスコミはめを向けなかった。このマスメディア報道の偏りが行政の被災者への対応の遅れや電話、電気、ガス復旧の遅れなどに住民が不満を訴える原因のひとつとなった。
楠西学区災害時の避難所となっていた楠西小学校に至る道路は9月11日深夜にはすでに大人の腰の高さまで冠水してしまった。このため住民はそこに避難することはできず、60人ほどしか収容ができない楠西コミュニティセンターに殺到した。一時は収容人数の6倍近い350人にも膨れ上がった。そしてそこに入りきれない非難住民は隣のJA蒲喜支店の解団を利用しなくてはいけない状態であった。また玄馬地区は落合ポンプ場が唯一避難所とはなっていたが町内全体が1.5m以上も浸水し、そこまで行きつけない被災者があり、三重交通の職員寮に非難せざるを得なかった。
浸水の経過

←楠西学区浸水地図
水害被災直後後片付けに明け暮れる中、地域住民による被災地図を完成させた。

この地区は2つの浸水過程があることが特徴的である。
第1の浸水:内水系の要因(堂前 境川)
9月11日18時ころより楠西学区北側の堂前川の越水が始まり、喜惣治二丁目、会所町が浸水しさらに大我麻町へと拡がっていった。19時ころには境川の越水により国道302号と国道41号線との交差点付近から浸水が始まり大我麻町に拡大していった。12日0時頃に丸新町が浸水をはじめた。
第2の浸水:外水系の要因(庄内川、洗堰、新川、新地蔵川)
21時過ぎに省内川から洗堰へ注水が始まり、22時には喜惣治の神明社付近の新川堤防より越水した。22時頃には境川9月12日1時ごろ新地蔵川が立会橋付近で破堤。その結果、大我麻町、喜惣治一丁目で被害は急速に床上浸水へと拡大していった。また玄馬町では洗堰の東側堤防(洗堰と新地蔵川の合流地点付近)からの越水と新地蔵川の南側での破堤が起き、被害は壊滅的な床上浸水状況に陥った。
庄内川と洗堰
(中部の水害2000年9月東海豪雨:建設省中部地方建設局刊)
9月11日21時過ぎに庄内川から洗堰へ注水が始まり、22時には喜惣治の神明社付近の新川堤防より越水した。
新地蔵川の破堤
(中部の水害2000年9月東海豪雨:建設省中部地方建設局刊)

9月12日1時ごろ新地蔵川が立会橋付近で破堤。その結果、大我麻町、喜惣治一丁目で被害は急速に床上浸水へと拡大していった。また玄馬町では洗堰の東側堤防(洗堰と新地蔵川の合流地点付近)からの越水と新地蔵川の南側での破堤が起き、被害は壊滅的な床上浸水状況に陥った。
水没する自動車(会所町)(撮影:柴田)
楠西学区2400世帯のうち1200世帯が床上浸水の被害にあっている。市営住宅の2階以上の住民は家屋の浸水被害こそなかったものの、多くの世帯で自家用車かせ水没する被害を受けた。
楠西学区住民によるアンケート調査(平成12年9月)
事業所が多い玄馬町では一世帯平均2,333万円の被害額となった。さらにこの地区は、水だけでなく重油などが町内全体を覆い、タンカーが座礁したような様相を呈し、他の地区とは異なる被害状況であった。
ゴミの問題
水害で水に浸かってしまった家財は一夜にしてゴミと化してしまう。道路は瞬く間にゴミの山となり、早急に片付けられないと交通妨害などを引き起こし復旧の妨げになる。この地区は自治会がいち早く環境事業局への連絡で比較的迅速にゴミの収集が行われた。
楠西学区住民によるアンケート調査(平成12年9月)
一般家庭の被害
楠西の床上浸水被災世帯119世帯に被害額のアンケートを行った。家屋、家財、自動車の被災総額は一世帯平均総額899万円にのぼった。
事業所が多い玄馬町では、一世帯平均2,333万円の被害額となった。さらにこの地区は、水だけでなく重油などが町内全体を覆い、タンカーが座礁したような様相を呈し、他の地区とは異なる被害状況であった。
水害後の問題
水害後の問題としては疫病の予防(消毒)、浸水家屋の壁のクロスや壁の内側はカビが表面を被い、外部からは見ることはできないがアレルギーの原因となりうる。特に子供たちのアテピー性皮膚炎や喘息の症状の悪化が危惧される。また、大切な思い出の品(アルバムやホームビデオなど)を一瞬にしてなくしてしまった人々(特に子供たち)の心のケアも考えていかなければならない。
さらに地域で古くから店舗や事業所の経営をしていた人々(特に高齢の事業主)の再建に向けた支援などをどうしていくのかが地域で問題になっている。またハンディキャップを持つ人々、高齢者世帯、独居の人などのケアも考えていかねばならない。
浸水家屋の壁の内部
壁の断熱材を剥がすと内側にはカビが表面を被うアレルギーの原因になる
リスクマップ作成について
今後災害が発生したとき被害を最小限に食い止め、有効且つ迅速な非難情報の発令、安全な非難経路・避難場所などを確保するためにその地域のリスクマップの作成が重要である。
この地域は先の浸水の経路でもまとめたように、水害に対して大きく3つの点を考えながら防災の対策をしていかなければならない。
1)堂前川、境川をはじめとする内水の処理の問題は、本来遊水地の役割を果たしていた水田の急激な宅地化、駐車場化の問題。
2)春日井市、豊山町などとも話し合いをしながら行政区をまたいだ治水事業を進めねばならない。
3)庄内川、洗堰、新川、新地蔵川などが原因となる外水の処理の問題は、国、県、市と地域が一体となって水害に対する防災の対策を考える必要がある。
以上の3点を行政あるいは専門家だけでなくその歴史、地形、水利などに詳しい地域住民も参加する形で推し進めていかなければならない。
ボランティア活動について
今回の水害で拾い地域から水害の後片付けに駆けつけてくれるボランティアが多くあり、地域にとって大変ありがたかった。特に復旧作業に際しては「何でもしますので言ってください」といって現場に入られるよりは「外壁の水洗いに来ました。」などいって目的を持ってきてくださるボランティアの方が被災者側にとって嬉しかった。このためにはマスコミは特定の地域に偏らない報道を流し、行政と一緒になって被災地域が何を望んでいるかをボランティアの方々に情報を流してほしい。
行政に対して
行政は有効なリスクマップや効率的な防災マニュアルを作成し、被災者の救援をやってもらいたい。しかし、災害時にはなかなかマニュアル通りにはいかない場合が多い。行政側の「前例がないからできない」というような事務的な処理では、精神的に不安定な被災者の住民とのコミュニケーションがうまくできないばかりか、反って住民と行政の摩擦を起こす結果になる。今回の大水害の経験を踏まえて行政側、住民側の防災のための意見交換を積極的に行っていくことが重要と考える。
楠西学区の行政に対する要望と行政からの回答
平成12年9月24日  集中豪雨に伴う楠西学区被災証明書・見舞金の支給(名古屋市北区役所)
10月15日  楠西学区水害対策委員会による水害対策要望事項の集約(楠西学区水害対策集約委員会)
10月20日  楠西学区連絡協議会:水害対策要望事項の集約の報告(楠西学区連絡協議会)
10月27日  平成12年東海集中豪雨水害対策要望大会(学区住民613名参加)
11月30日  平成12年東海集中豪雨水害対策要望大会の要望に対する回答
 (北区災害対策本部、名古屋市・愛知県河川工事事務所)
12月4日  平成12年東海集中豪雨水害対策について陳情(陳情第110号)(愛知県議会総務県民委員会)
12月4日  平成12年東海集中豪雨水害対策について陳情(陳情第111号)(愛知県議会健康福祉委員会)
12月4日  平成12年東海集中豪雨水害対策について陳情(陳情112号)(愛知県議会建設委員会)
12月8日  平成12年集中豪雨水害対策に関する要望書の回答(愛知県河川工事事務所)
12月21日  豊山町への水害対策要望書(豊山町長)
12月22日  9.12豪雨対策 庄内川・新川河川激甚災害対策特別緊急事業について説明会
 (建設省庄内川工事事務所、愛知県河川工事事務所)
平成13年1月5日  平成12年東海集中豪雨水害対策要望大会の要望に対する回答 追加回答
 (北区災害対策本部)
1月5日  平成12年集中豪雨水害対策係わる要望事項に対する回答(名古屋市長)
1月15日〜2月7日  東海豪雨被災に伴う所得税及び住民税の還付又は軽減等の説明会
 (名古屋北税務署、名古屋市北区役所)
3月24日  堤防嵩上げ、治水緑地の整備事業の説明会(愛知県河川工事事務所)
おわりに
この地区は徳川時代に城下を守るため、氾濫を繰り返していた庄内川の対策として新川の治水事業として洗堰が創られた。

庄内川治水の書物にはこう記されている。
『・・・洗堰の効用は文字通り「堤防を乗り越えさせて洪水を流させる」ことにある。
庄内川が増水すれば、堤防(右岸)が低くなっている洗堰の部分から流れ込む。その水は大蒲沼に流入し、さらに新川に流れ下るようになっている・・・・・』

今回の洪水で驚くことに江戸時代に考えられた治水が今日でもこの楠西学区に生きていた事が実証された。300年前の治水に対し、現代の近代的なポンプ施設をもっても如何ともしがたい水害が引き起こされてしまった。
江戸時代には「大蒲池」という遊水地が大きな役割を果たしていたと考えられる。現在のポンプ施設は「大蒲池」にとって代わる事はできず、「都市化」の影響がこの他を保水力のない町にし、かつ上流の保水能力も落ちてしまったことなどがこの楠西学区に9年間のうちに2度もの大きな水害を引き起こした原因として考えられる。さらに地球の温暖化による異常気象は今後ますます起こりやすくなると考えられている。
21世紀は"環境の世紀"とも言われ、自然と「対する」のではなく自然と「和する」治水事業を考えていかなければならない。水害は来るものだと心の準備をしながら行政・個人が防災について考えなければならない。行政に任せるだけではなく、実際にそこに住んでいる地域住民が先人たちの治水の歴史、水害の歴史を踏まえ、この地区かせ治水に対してどのような弱点を持っているのかを考え、国や地方の治水事業に積極的に参加をしていかなければならない。
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